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David Attenborough Presents Seven Worlds One Planet Live From Glastonbury | BBC Earth

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Sir David Attenborough takes the Pyramid stage at Glastonbury to introduce new natural history show Seven Worlds: One Planet. Premiere for the trailer, with music by Sia and Hans Zimmer.
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20 COMMENTS

  1. Took this from the chat. If you think the same as this person, you've got a problem with understanding life.
    "Can you imagine How perfect the world could be when there’s no
    discrimination? And that people from different races could get along
    freely?"

  2. 人間は、ごみを出す動物である。

    星新一のショートショートに「おーい、でてこーい」という作品がある。

    あるとき村人がとてつもなく深い底の見えない穴を発見する。村人は穴の底に向かって「おーい、でてこーい」と声を放ってみるが、返事も木霊も帰ってこない。これは本当に深い穴だと思って、ためしに石ころをひとつ落としてみると、やはり穴の底に吸い込まれてしまったまま何の反響もない。学者たちは首をそろえて穴を研究した結果、この穴はほとんど無限に深い穴だという結論に達する。やがてこの穴を商売の道具にする人物があらわれ、犯罪の証拠物件から核廃棄物までありとあらゆる〈ごみ〉が、穴の中に投げ込まれる。そしてどれくらいかたったある日、青空の彼方から「おーい、でてこーい」という声が降ってくる・・・

    これは究極の恐怖小説といっていい。

    そして現代の人類が直面している最も深刻なテーマを扱った小説だ。

    ごみ問題。

    こんな笑うに笑えないジョークがあった。曰く、ひとつのきれいに片付けられた部屋を用意するためには、ひとつのごみで埋め尽くされた部屋が必要である。おそらくこれは真実だ。人間は片付けるという能力を持っているが、この能力が発揮されるためには、まずごみを捨てる能力が不可欠だ。つまり片付けるという能力は、人間にとって両刃の剣なのだ。

    いったい人間にとって、ごみとは何だろう? なぜ人間はごみを出すのだろう? 核廃棄物は究極のごみかもしれないが、あなたもまたごく日常的な毎日の生活の中で消費する以上のごみを生産している。ごみを出す動物こそ人間だ、という定義すら成り立ちそうだ。

    しかし、この地球上で人間以外にごみを出す動物はいないのか? どうもいないようだ。リスが木の実をぱりぱりとかじりその殻を投げ捨てたとしても、彼らにはそれがごみであるという認識はない。京都のカラスは伏見稲荷の山上に林立するロウソクをくわえて街中にばらまいたりするが、彼らにとってロウソクは食物らしきものではあってもごみではない。

    ごみをごみと意識して生産するのは、どうやら人間だけらしい。

    なぜだろう。

    この謎を解く鍵は、おそらく自然と人間の関係にある。

    だが、その前に自然と動物の関係を考えてみよう。たとえばリスと木の実はどちらも自然の一部である。リスが木の実を食べようと、あるいは逆に木の実がリスを食べようと、自然界の総量に変化はない。つまり今さらいうまでもないことだが、動物たちは自然の一部なのだ。より大なる円の中にある小なる円、それがリスでありカラスだ。

    ところが人間は自然界の異端児である。人間が人間であるという意識を確立したときから、人間は自然という円の中からはじき出されてしまった。そしていったん自然の外で生きることを知ってしまった人間にとって、自然という存在は搾取の対象でしかなくなった。

    ここにごみ誕生の要因がある。

    つまり生まれつき大食らいの人間は、目の前の自然という食物をかぎりなくぱりぱりとかじりつづけ、そのカスをせっせと吐き出しつづける怪物なのだ。最悪なことに彼の消化器官は不完全である。

    このことを痛感したのは、ネパールの首都カトマンズをはじめて訪れたときのことだ。一般的にはカトマンズはヒマラヤ山脈を望む清浄の地と考えられがちである。しかし、この地を実際に訪れた人は、その混沌と喧騒に呆然とする。おそらく二十世紀末のカトマンズは、その空気の悪さと街の汚さにおいて世界でも五指に入る首都として歴史に名を刻むことだろう。

    それでもカトマンズは住み心地の良い街にはちがいない。少なくとも旅行者にとってのこの街は、ある種奇妙な磁力を秘めた街である。たとえばあなたがタメル・ストルートの安宿の一室に一度腰を落ち着けたとすると、一週間以内にこの街を脱出するのは相当の決断力を要する。

    街が汚いことはいうまでもない。それ以上に川の汚さときたら直視できないくらいである。にもかかわらず、いや、もしかするとだからこそ、カトマンズの街は旅行者をひきつけるのかもしれない。人間はきちんと整理整頓された場所よりも、むしろある程度雑然とちらかった場所を好む性質があるようだ。

    人間は必ずしもごみを嫌ってはいない。ここにも一片の真実がある。

    ヴィシュヌマティ川の岸辺に立って、ありとあらゆるごみに埋め尽くされた川のすがたを眺めていると、なるほどこれほどみごとに川を汚すことができるのは人間以外にあるまいと確信できる。ごみと人間の共存に、ちょっとした感動すら覚えるくらいだ。

    カトマンズの中心街からヴィシュヌマティ川を渡り、その感動的な景観を背後にして一時間ほども歩くと、あなたはやがてスワヤン・ブナートという山上の寺院にたどり着く。野生の猿がいっぱいいるので旅行者のあいだでは通称モンキー・テンプルで通っている。ここからのカトマンズ市街の眺めは絶景である。

    レンガ色の建物でびっしりと埋め尽くされた街の中央にダーラハラの白い塔が立つ。季節と運が良ければ、街のはるか彼方にヒマラヤの白い山塊を望むこともできるだろう。さすがに建物の谷間を埋めるごみのすがたは見えない。

    しかし、ひょっとしたら・・・と、あなたは考える。

    もし、このレンガ色をした建物で埋め尽くされた街そのものがごみだとしたらどうだろう?

    そもそも、ごみとは人間が自然という巨大なオブジェの中から切り出してきた異物なのだ。そして一度切り出されたそれは容易には元の鞘には戻らない。それこそごみだ。だとしたらこの巨大なレンガ色の街そのものがごみだとしても、驚くにはあたらない。仮に今はごみではないにしても、いずれごみになる可能性は秘めている。それにくらべると、ヴィシュヌマティ川を埋め尽くすごみなどかわいいものだ。

    ここまで考えてきたあなたは、にわかに不安になる。

    だとするとこの先地球はどうなってしまうのだろうか。人間は無限にごみを生産しつづけ、やがてはごみは地表を覆い尽くす。産業革命以後、驚異的に加速度を増したごみ生産工場の拡大は容易には止まらない。しかもやっかいなことに、人間は案外ごみが嫌いではないときている。

    もちろん、結論はない。

    ただひとついえることは、人間が自然を搾取の対象として見るかぎり、自然のほうでも手をこまねいて見ているだけとは思えない。「おーい、でてこーい」の罠が、今日にも国会議事堂の前に仕掛けられていないともかぎらないということだ。

  3. This man is the grand father of the world. I LOVE this absaloutley amazing man that God ever put on our planet. Sir David I Love You.

  4. Shame that after that speech all the attendees left trash all over the place! Let's see if music saves them from what's to come..

  5. The irony of this was after Davids wonderful speech it seemed nobody gave a crap about what he said as the aftermath photos of Glastonbury were as horrific as ever in terms of rubbish.

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